2024年総括

今年ももう終わり。皆様にとってこの2024年はどんな年だっただろうか。

私にとっての2024年は「能動的に考える」1年間であったように思う。

去年、2023年も傍から見たら大きな変化の1年だったのかもしれない。大学卒業、就職。大学生活を過ごした大阪を離れ、岡山へ帰ってきた。ただこれらは、時の流れによって否応なく起こった変化であり、いわば受動的なものであった*1。それ以外は特になにをするわけもなく、ただ漠然と生きていたよな、と改めて思う。社会人としての生活に慣れるという必要性などもあったため仕方のない部分はあったのだろうが、どうも面白味のない1年だった…と今振り返ってみると思うところがある。

今年は去年と比べ、かなり能動的な選択をしたように思う。最大の変化といえるのはやはり、岡山を見限って関西に拠点を移した、という点であろう。自分の意志で地元を離れ、自分の意志で1人暮らしを再開し、自分の意志で生活を送っていった。出費も相当かさんだが*2大学生活での1人暮らしとはまた違った生活形態を取ることはある程度できたのではないかと思っている。

折角関西に戻ってきたのだから、それを無駄にしない有意義な人生を送らねば、という観念があったことは否定できないが、それにしても今年はたくさんの文化物に触れることになった。映画を3作*3、オペラを3作。ライブやコンサートにも定期的に通ったし、車を走らせ寺や神社、美術館や博物館なども見て回った。休暇を利用し、一人旅にも出かけた。仕事で扱う文章の幅も大きく広がったほか、大学図書館にも足繫く通い、学術書に再度触れることもできた。そして何をもっても、去年とは比べ物にならないほど多くの人に何度も会う中で、色々な体験を共有することができた。これらは物的にも人的にも岡山では中々できないことであり*4、これだけでも関西に戻ってきた甲斐があった、と思っている。

さらに年の後半では、「概念的なものについて考える」機会が大きく増えた。自分とはイデオロギー*5の違う人と議論を重ねていく中で、ひとつの概念的な事柄について多角的に捉える楽しさを再確認することができた。文学、言語学、心理学、哲学…議論を重ね、文献にあたる中で今まで認知すらしていなかったことについて思考を深めることができたし、その中で職業人としての自分が「ことばを司る者」であるという自覚を改めて持ち、曖昧なものを言語化することによって定義づけする、ということに対するやりがいと一種の危険性についても考えることにもなった*6。これらは自分にとってかなり有意義な経験となり、この半年で私は「考える葦」としてずいぶん成長することができたのではないかと思っている。

 

さて、目前に迫った2025年は巳年。私にとっては年男になる年であり、そして24歳の大厄にもあたる、節目の年である。2024年もそうだったが、来年もまた今後の人生設計に大きな影響を与える1年になるのではないか、と新しい年の到来に珍しくわくわくしている。そんな年を今年以上に有意義なものにするためにも、これまで以上に色々なものに触れ、色々なことについて深く考えながら過ごしていきたい。そしてそのアウトプットの場として、このブログも利用していきたい(毎年言っているが…)。

 

今回はここまで。今年も1年間ありがとうございました。皆様よいお年をお迎えください。

*1:岡山での就職も半ば規定事項のように考えていた部分があり、主体的に選択したというわけではなかった

*2:大阪移籍による収入減+引越し、パソコン等購入などにより今年の最終収益は40万程の赤字となってしまった。まあ去年がっつり蓄えたので耐えられているのだが…

*3:大した量ではないように思うかもしれないが、昨年まで約10年間映画から遠ざかっていた私にとってはかなり大きな変化であった

*4:岡山にいた友人はほぼほぼ疎遠になるかどこか別のところに居を構えてしまっていた

*5:ここでは哲学的思想≒考えの根本的な部分のこと

*6:この辺の話はまたどこかで記事にしたいと思っている